
タイトルの通り、ほんとうに一部だけ抜粋。読み込みを推奨する。
(Wikipedia始まり)
来歴抜粋
1985年3月3日放送の『全日本ちびっこ歌まね大賞』(テレビ東京)では、森進一の「北の蛍」を歌って優勝している。
1991年、ショーパブ「Tootsie」梅田店で働く。父親に性同一性障害であり、ニューハーフとして働いていることを告白。
1995年、大阪市・わだ形成クリニックにて性別適合手術を受け、身体的に完全に女性となった。しかし、戸籍上の名前は現在も「大西賢示」のままである。これは、「男性と結婚するまで大西賢示でいることが親孝行だ」からだという。声は男性のままなのでかなりのだみ声である。
1996年頃、春菜愛名義で、『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)にレギュラー出演。また、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)などにも出演し、メディア露出が多くなる。
1998年、上京。この頃の芸能界はニューハーフブームが下火となっていた為にタレントとしての活動はほとんど出来ていない。だが、男性であることを隠して働いていたレースクイーンの仕事などで蓄えた貯金でスナック店を開業するなど、事業家として活躍するようになる(2008年現在は、バー1店、鉄板焼き店を2店経営している。鉄板焼き店を経営しているのは、実家が以前お好み焼き店を経営していたことがきっかけ)。
2005年、MEGUMIが恥骨骨折で入院した際、病院で献身的に看病をしたことから野田社長の目に留まりサンズエンタテインメントに移籍。現在の名義に変え、タレント活動を再開する。
2007年、陣内智則・藤原紀香夫妻の結婚披露宴の2次会で「エアあやや」を披露、その場に居合わせた業界人の注目を集め、モノマネ芸人(あてぶり芸人)として活動するようになる。
2007年、『Miss International Queen 2007』(ニューハーフ世界のミスコン)に出場し、第4位になる。
エピソード

はるなを女性と勘違いしたほっしゃん。にプロポーズされたことがある。最終的に、ほっしゃん。に実名入りの免許証を見せて断った(その時ほっしゃん。は「今は、彼氏の名前で免許証を作ることができるんや!」と、はるなが男であることをすぐには理解できず、錯乱した)。
中山秀征の結婚式の4次会で初めて志村けんと会った際、志村がはるなを女性と勘違いしナンパされた。
小学生時代、女装して松田聖子の歌まねで大阪の番組に出た際にその司会を務めていた島田紳助に対面し、「将来ニューハーフバーを経営してそう」などと言われたことがある。島田は当時のことを覚えていたが、それが現在のはるなだとは分からず「どこかで見たことがある」と思った程度で、その後『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京)にゲスト出演した際、当時のテレビ映像が出て、はるなが当時の少年だと分かったとのこと。
陣内智則・藤原紀香夫妻と仲がよく、自宅の合鍵を預けられるほど信頼されている。ブレイクする以前は夫妻の留守中に掃除や留守番をすることも多かった。
(Wikipedia終わり)
参考
はるな愛オフィシャルブログ「AI am a girl」by Ameba
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はるな愛の AI am a girl





